北海道の小樽・千歳・苫小牧には、海岸や湖、渓谷、廃墟、墓地など、実在する土地の歴史や景観と結びついた心霊スポットの噂が残されています。
小樽ではオタモイ海岸や旧・朝里病院、千歳では支笏湖、苫小牧では樽前ガローや廃ホテルなどが知られています。ただし、確認できる土地の歴史と、後世に語られた怪談は分けて見る必要があります。
小樽・千歳・苫小牧にはどんな心霊スポットがある?
小樽・千歳・苫小牧の心霊スポットを調べると、三つの街で「怖さの舞台」がかなり異なることが分かります。
小樽は海岸や峠、かつて存在した建物。千歳は巨大な湖と道路、墓地。そして苫小牧では、渓谷、廃墟、墓地・慰霊碑などが怪談の舞台になっています。
全国心霊マップの2026年10月時点の市区町村別ページでは、小樽市5件、千歳市5件、苫小牧市8件が登録されています。
ただし、これは投稿型の心霊情報サイトに掲載された件数です。自治体や警察などが「心霊スポット」と認定している数ではなく、掲載されている怪異についても確認済みの事実とは限りません。
| 地域 | 登録件数 | 代表的に語られる場所 | 怪談の特徴 |
|---|---|---|---|
| 小樽市 | 5件 | オタモイ海岸、旧・朝里病院、赤岩の御神木など | 海岸・峠・旧施設 |
| 千歳市 | 5件 | 支笏湖、支笏湖道路、水明郷共同墓地など | 湖・道路・墓地 |
| 苫小牧市 | 8件 | 樽前ガロー、廃ラブホテル、ジョイランド樽前、高岡霊園など | 渓谷・廃墟・墓地 |
北海道全体では、公園・城跡、トンネル、墓地・慰霊碑、ホテル・旅館、湖・池・ダム、川・滝、橋、海など、非常に幅広い場所が心霊スポットとして登録されています。
ここで私が注目したいのは、単純な登録件数ではありません。
実際に確認できる土地や施設の歴史と、インターネット上で語られてきた怪談が、どのように結びついたのか。
この二つを切り分けていくと、「怖い場所ランキング」とは違った北海道怪談の姿が見えてきます。
この記事では、自治体・観光情報などで確認できる内容を「事実」、掲示板や投稿型サイトに残る話を「怪談・体験談」、そこから読み取れるものを「筆者の考察」として区別しながら見ていきます。
小樽の心霊スポット|オタモイ海岸と旧・朝里病院には何があった?
小樽の心霊スポットとして繰り返し名前が挙がるのが、オタモイ海岸、旧・朝里病院、赤岩の御神木などです。
観光都市として華やかな顔を持つ小樽ですが、怪談をたどると海岸、崖、峠、旧施設という別の地図が浮かび上がります。
オタモイ海岸はなぜ心霊スポットとして語られる?
オタモイ海岸は、小樽の怪談を調べるうえで避けて通れない場所のひとつです。
この一帯にはかつて観光施設があり、「竜宮閣」と呼ばれた建物を中心とするオタモイ遊園地が存在しました。海と険しい崖が接する独特の景観は、現在の小樽観光のイメージとはかなり異なります。
小樽といえば、1923年に完成した小樽運河や石造倉庫群など、歴史的な街並みを思い浮かべる方が多いでしょう。
しかし海岸線まで目を向ければ、同じ街の中に切り立った崖と暗い海が存在します。
心霊情報サイトや古いインターネット上の投稿では、オタモイ海岸付近で人影を見た、崖沿いで不可解な姿を目撃したといった話が伝えられてきました。
ただし、こうした証言を裏付ける客観的な資料が確認されているわけではありません。
ここで重要なのは、実在する険しい地形と、そこで語られた怪談を一度分離することです。
暗い海、崖、過去に存在した巨大観光施設。その土地がもともと持っている強烈な景観が、怪談を記憶に残りやすくした可能性は十分に考えられます。
旧・朝里病院では「黒電話」の怪談が広がった
小樽のインターネット怪談史という視点では、旧・朝里病院も興味深い存在です。
2000年代前半の古い掲示板には、人の声、物音、白い人影、電話の音などを体験したという投稿が複数残されました。
特に印象的なのが「黒電話が鳴る」という話です。
2003年から2005年ごろの投稿には、建物の2階付近で電話の音を聞いた、廊下で異様な気配を感じたといった内容が見られます。
そして、この場所にはさらに有名な都市伝説がありました。
病院から「メス」を持ち帰った人物のもとへ、それを返すよう求める電話がかかってきた――というものです。
ところが別の投稿では、持ち帰ったものが「カルテ」になっています。
メスなのか、カルテなのか。
小さな違いに思えるかもしれませんが、奇譚を調べる側から見ると非常に重要です。
もし実際の事件を記録した話であれば、中心となる物品がこれほど簡単に変化するのは不自然です。一方、口伝や掲示板を通じて広がる都市伝説なら、語り手によって細部が変わることは珍しくありません。
資料上では旧・朝里病院は2004年6月に取り壊されたとの情報があり、少なくとも現在、当時の建物を訪れて噂を検証することはできません。

さらに興味深いのは、怪談を否定する方向の投稿まで残っていることです。
2004年の書き込みには、撮影目的で許可を得て約15時間滞在したという人物が、当時の病院について「霊安室はなかった」という趣旨の説明をしています。
病院から電話や手紙が来るという噂についても、周辺住民が無断侵入に困り、警告していたことが怪談化した可能性を推測していました。
もちろん、この投稿だけで怪談の起源を確定することもできません。
しかし、怪奇現象を語る証言と現実的な反証が同じ時代のネット上に並んでいる点は、旧・朝里病院の怪談を考えるうえで非常に面白い部分です。
朝里峠の「女性客」は古典的な幽霊タクシー型
小樽から山側へ進む朝里峠にも怪談があります。
古い投稿で語られた筋書きでは、タクシー運転手が南小樽で女性を乗せ、朝里峠方面の家まで送りました。
ところが車内には女性のバッグが残されていました。
運転手が届けようと家を訪れると、「娘は数年前に亡くなっている」と聞かされる。その後、運転中にブレーキが効かなくなり、崖の直前で止まった車のルームミラーに先ほどの女性が映った――という展開です。
事故記録として確認された話ではなく、怪談として読むべき内容です。
そして私は、この話には別の意味で価値があると考えています。
日本各地には「タクシーに乗せた客が消える」「目的地の家で、その人物がすでに亡くなっていたと分かる」という幽霊タクシー型の伝承があります。
朝里峠の話も、その古典的な構造とよく似ています。
北海道の険しい峠という実在の舞台に、全国的な怪談の型が重なった。
そう考えると、地域怪談が生まれる仕組みの一端が見えてきます。
千歳の心霊スポット|支笏湖の「死骨湖」説は本当なのか?
千歳市で心霊スポットとして名前が挙がりやすいのが、支笏湖、支笏湖道路、水明郷共同墓地、円形マンションなどです。
小樽が海岸や旧施設の怪談なら、千歳の特徴は「水」と「移動」です。
支笏湖は昔「死骨湖」だったという説
支笏湖には、北海道の心霊スポットを扱う記事で何度も登場してきた有名な話があります。
「水死体が浮かばないため、昔は死骨湖と呼ばれていた」という都市伝説です。
字面だけを見ると、あまりにも出来すぎた話です。
そして実際、この説には疑問が呈されています。
千歳の怪談をまとめた資料にも「死骨湖」という由来はデマではないかという見方があり、支笏湖の正式な歴史として「死骨湖」という名称が確認されたわけではありません。
したがって「支笏湖は昔、死骨湖と呼ばれていた」と歴史的事実のように書くのは避けるべきでしょう。
むしろ私が興味を引かれるのは、なぜその説がこれほど広まったのかという点です。
巨大な湖。
深い水。
周囲を取り囲む森林。
夜になれば対岸の輪郭さえ闇へ溶けていく景観。
そこに「死骨湖」という一度聞けば忘れにくい言葉が結びついたことで、怪談として非常に強い物語になったのではないでしょうか。
支笏湖には「電話」にまつわる怪談も残る
支笏湖周辺では、電話を題材にした奇妙な体験談も語られています。
ある怪談では、夕方に湖周辺を歩いていた人物が電話ボックスの着信音を聞き、受話器を取ると支笏湖畔からの緊急連絡を告げる音声と女性の声を聞いたとされます。
その後、別の電話ボックスや自宅の電話でも同じような連絡が続き、翌朝になって湖畔で女性の遺体が見つかった――という筋書きです。
こちらも確認された事件記録としてではなく、都市伝説・体験談として扱う必要があります。
しかし、小樽の旧・朝里病院でも「黒電話」が怪談の中心にありました。
この共通点は偶然以上に、怪談という物語の性質を示しているように思えます。
電話は本来、遠くにいる人間同士をつなぐ装置です。
だから怪談では、生者と「こちらではない何か」をつなぐ境界装置として機能します。
黒電話から公衆電話、携帯電話、スマートフォンへ機械が変わっても、「いるはずのない相手から連絡が来る」という恐怖は消えません。
これは怪談が時代に適応しながら生き残る典型的な構造でしょう。
水明郷共同墓地で語られる「小さな手形」
千歳市では水明郷共同墓地も心霊スポットとして登録されています。
投稿型の心霊情報では、若者が友人たちと夜間に墓地を訪れた後、肩が重くなり、車の窓に小さな手形を見つけたという体験談が語られています。
さらに元交際相手が「肩に赤ちゃんを乗せて歩いている夢」を見たという話が加わり、墓地の地蔵像と関連づけられています。
しかし、これは個人の体験談です。
墓地そのものの歴史と、「肩が重くなった」「手形があった」という経験は分離して考えなければなりません。
そして墓地は何より、故人を弔うための場所です。
怪談サイトに掲載されていることは、肝試しのために夜間訪問してよい理由にはなりません。
苫小牧の心霊スポット|樽前ガロー・廃ホテル・高岡霊園の噂とは?
苫小牧市は、全国心霊マップの2026年10月時点の市区町村ページで8件の心霊スポットが登録されています。
小樽5件、千歳5件と比べると、同サイト上では3件多いことになります。
そして個別に調べると、苫小牧にも小樽や千歳とは異なる怪談の地図が存在しました。
代表例として名前が確認できるのが、樽前ガロー、樽前地区の廃ラブホテル、ジョイランド樽前、高岡霊園、北海道勇払戦没者の墓などです。
樽前ガローは「心霊スポット」である前に自然景勝地
苫小牧の怪談で特に興味深いのが樽前ガローです。
心霊情報サイトでは女性の霊が現れるという噂が掲載され、夜の橋に女性が立つといった話が語られています。
しかし、ここで怪談だけを読んでは樽前ガローの実像を見誤ります。
苫小牧市の観光情報によると、樽前ガローは1979年(昭和54年)に市の自然環境保全地区に指定された樽前山麓の景勝地です。
切り立った岩肌を深緑色の苔が覆い、初夏には川底まで光が差し込む場所として紹介されています。
つまり、「廃墟だから不気味」という場所ではありません。
昼間には自然景観を楽しむ場所が、夜の物語では心霊スポットへ変化するのです。
この二面性は非常に重要です。
怪談側では橋と女性の霊が語られていますが、その由来として付随する死亡事故などについては、投稿型サイトの記述だけで歴史的事実と断定すべきではありません。
一方、現実の危険ははっきりしています。
苫小牧市は、岩盤崩落の危険があるため現在は川へ降りないよう注意を促しています。
さらに周囲はヒグマを含む野生動物の生息地であり、ヒグマの活動が活発になる朝夕の入林を控えるよう案内しています。
怪談より先に警戒すべきものが、北海道の自然そのものなのです。
これは、心霊スポットの記事を書く立場として強く伝えておきたい点です。
樽前地区の廃ラブホテルにも怪談が残る
苫小牧市樽前には、廃ラブホテルとして登録されている建物もあります。
全国心霊マップでは樽前の廃ラブホテルについて男性の霊が現れるという噂が掲載され、別の怪談資料では「ホテル・エンペラー」の名称でも紹介されています。
周辺にはかつて複数の宿泊施設が存在したとされ、資料によってはホテル・ローヤルなどの名前も確認できます。
ただし、ここで「廃ホテル=過去に凄惨な事件があった」と短絡してはいけません。
今回確認した範囲では、怪談の背景として語られる内容のすべてを公的記録から裏付けられたわけではありません。
建物が実在すること。
廃墟化していること。
心霊サイトで霊の目撃談が語られていること。
これらはそれぞれ別の情報です。
しかも、心霊情報サイト自体も関係者以外の立ち入りを禁じる注意を掲載しています。
廃墟は誰のものでもない空間ではありません。
所有者のいる土地・建物への無断侵入は避けるべきですし、老朽化した建物では床や天井の崩落など、怪異とは比較にならないほど具体的な危険があります。

ジョイランド樽前は「消えた娯楽施設」の怪談
苫小牧ではジョイランド樽前も心霊スポットとして登録されています。
投稿型サイトの説明では、正式名称を「北海道野生動物公園」とし、温泉や遊園地が併設された施設だったと紹介されています。
そこに女性の霊が現れるという噂が結びつき、廃墟系の心霊スポットとして知られるようになりました。
別の怪談資料では放火によって全焼し、跡地になったという情報も伝えられています。
ここにも、旧・朝里病院と似た構造があります。
建物が使われなくなる。
人がいなくなる。
かつて賑わっていた場所が静寂に包まれる。
そして、その空白へ怪談が入り込む。
私は廃墟怪談の核には「死」だけでなく、かつて人がいたという記憶と、現在は誰もいないという落差があると考えています。
遊園地やホテルは、本来なら人の声や音が絶えない場所です。
だからこそ、それらが完全に沈黙したとき、人は「そこに何かが残っているのではないか」と想像しやすくなるのでしょう。
高岡霊園と勇払戦没者の墓にも心霊情報がある
苫小牧では、高岡霊園も心霊スポットとして登録されています。
投稿型サイトでは「六地蔵と人形の呪い」という副題が付けられ、正体不明の霊が現れるという噂が紹介されています。
ただし、ここでは名称について少し注意が必要です。
苫小牧市が公式に案内している「高丘霊葬場」は、1997年11月1日に供用を開始した施設です。
「高岡霊園」という心霊サイト上の名称と、市が案内する「高丘霊葬場」を文字の似ている同一施設として安易に結びつけるべきではありません。
地名や施設名の取り違えは、心霊情報では特に起こりやすいからです。
また、勇払地区には「北海道勇払戦没者の墓」という名称で登録された場所があり、投稿型サイトでは女性の霊や声に関する噂が掲載されています。
しかし戦没者を弔う場所については、怪談以前に慰霊の場であることを忘れてはいけません。
面白半分の訪問や、故人を侮辱するような行為は慎むべきでしょう。
こうして具体例を追うと、苫小牧の怪談が小樽・千歳とは違う理由も見えてきます。
自然景勝地の樽前ガロー、娯楽施設跡のジョイランド樽前、宿泊施設の廃墟、墓地・慰霊碑。
苫小牧では、一種類の場所に怪談が集中するのではなく、性質の異なる場所へ分散しているのです。
心霊スポットの噂はいつ、どのように「事実らしく」なった?
三都市の怪談を年代の流れで見ると、もうひとつ興味深いものが見えてきます。
それは、2000年代の掲示板型怪談から、現在のデータベース型心霊サイトへの変化です。
旧・朝里病院については、2003年から2005年ごろの掲示板投稿に、黒電話、物音、人影などの話が残されています。
この時代の怪談は「自分が行った」「友人から聞いた」「昔こんな話を聞いた」といった、語り手を中心とする形式が目立ちます。
ところが現在の投稿型心霊サイトでは、場所ごとに住所、ジャンル、噂される霊、写真、コメントなどが整理されます。
すると何が起きるでしょうか。
もともとは一人の体験談だったものが、データベース上で「その場所の属性」のように見えることがあります。
たとえば「女性を見た」という投稿が繰り返されれば、後の読者には「ここには女性の霊が出る」という固定された伝承として認識されやすくなります。
さらに検索エンジンやSNSを経由して同じ話が別の記事へ転載・要約されれば、最初の語り手が誰だったのか分からなくなっていきます。
そして10年、20年と経過すると、「ネットで見た怪談」が「昔から地元で有名な話」へ変化してしまうことさえあります。
旧・朝里病院の「メス」と「カルテ」の違いは、その変化を観察できる小さな標本のように私には見えます。
支笏湖の「死骨湖」説も同じです。
強烈な名称ほど繰り返し紹介され、その回数が多くなるほど「何度も書かれているのだから本当なのではないか」と感じやすくなります。
しかし、情報の反復回数と歴史的な正確さは同じではありません。
ここが、ネット時代の心霊スポットを読む際に最も注意したい点です。
小樽・千歳・苫小牧の怪談から見える「北海道らしい怖さ」とは?
ここからは私見です。
三都市を調べて最も強く感じたのは、北海道の怪談では「空間の広さ」と「移動」が恐怖を生みやすいということでした。
都市型の怪談には、学校のトイレ、エレベーター、マンション、駅など閉ざされた場所を舞台にするものがあります。
北海道では、それとは反対方向の恐怖が目立ちます。
小樽のオタモイ海岸なら、崖の下に広がる海。
千歳の支笏湖なら、夜になると闇へ溶け込む巨大な湖面。
苫小牧の樽前ガローなら、川と岩壁、その外側に広がる山林です。
つまり、狭くて逃げられないのではなく、広すぎて自分以外に誰もいないように感じる。
これもまた、人間にとって根源的な恐怖なのでしょう。
さらに三都市の怪談には「移動中の境界」が何度も現れます。
朝里峠のタクシー。
支笏湖周辺の道路。
樽前ガローへ向かう林間。
街灯や住宅が途切れ、ヘッドライトの届く範囲だけが自分の世界になる場所では、道路脇の標識や木の影でさえ一瞬、人の姿に見えることがあります。
そこへ「あの道には女性が出る」と先に聞かされていれば、知覚はさらに影響を受けるでしょう。
だからといって、怪談をすべて錯覚だと切り捨てたいわけではありません。
むしろ私が面白いと感じるのは、地形、暗闇、記憶、先入観、昔話が重なった瞬間に、一つの土地が「怖い場所」へ変わることです。
樽前ガローは、その意味で象徴的です。
苫小牧市が紹介する昼の樽前ガローは、深緑の苔と渓流が美しい自然景勝地です。
ところが心霊情報の文脈へ移動した瞬間、同じ橋と川が「女性の霊が現れる場所」に変わります。
場所そのものは同じです。
変化したのは、私たちがそこを見るための「物語」です。
これは小樽にも当てはまります。
小樽運河や歴史的な街並みを歩く観光地図と、オタモイ海岸や旧・朝里病院、朝里峠を結ぶ怪談地図。
同じ市内でも、どちらの物語を手にして歩くかによって街の輪郭はまるで違って見えます。
千歳も、新千歳空港周辺の明るい都市空間から支笏湖方面へ進めば、景観は大きく変化します。
苫小牧も市街地や港湾部から樽前山麓へ向かえば、人工物の多い風景から深い自然へ移っていきます。
私は、この明るい日常と暗い自然が短い移動の中で切り替わる感覚も、北海道の地域怪談を育ててきた要因のひとつではないかと考えています。
心霊スポットを調べるとき何を信じればいい?
心霊スポットについて調べるときは、「何が書かれているか」と同じくらい「どこに書かれているか」を見る必要があります。
今回のような怪談なら、情報を大きく三つに分けると整理しやすくなります。
- 公的・観光資料で確認できる事実:場所の存在、施設の供用時期、自然環境、立入上の注意など
- 掲示板・投稿型サイトで確認できる怪談:目撃談、黒電話、女性の霊、手形など
- そこから導く考察:なぜ噂が生まれたのか、どのように変化したのかという分析
たとえば樽前ガローが実在し、市の自然環境保全地区になっていることと、「橋に女性の霊が出る」という話は同じレベルの情報ではありません。
旧・朝里病院が存在したことと、「持ち帰ったメスを返せという電話が来た」という怪談も別です。
支笏湖が実在することと、「死骨湖と呼ばれていた」という説も切り離して考える必要があります。
この線引きをすると怪談がつまらなくなると思われるかもしれません。
私は逆だと考えています。
事実を確かめたうえで、それでもなお残る説明できない部分や、なぜか何十年も消えない物語を眺める方が、奇譚はずっと奥深くなるからです。
そして現地へ行く場合にも、同じ冷静さが必要です。
廃墟や空き家に見える建物でも所有者が存在する可能性があり、無断侵入は避けなければなりません。
海岸、崖、湖、山林では転落や落石、天候の急変といった危険があります。
樽前ガローについては苫小牧市自身が岩盤崩落の危険から川へ降りないよう案内し、周囲にヒグマを含む野生動物が生息するため朝夕の入林を避けるよう注意しています。
ここは非常に象徴的です。
心霊スポットを調べていると、私たちは「何か出るのではないか」という想像に意識を奪われます。
しかし実際の現場では、暗い崖、崩れた建物、野生動物、冬の路面など、目に見える危険の方がはるかに切迫している場合があります。
奇譚の深淵は、安全な距離からでも十分に覗くことができます。
むしろ古い地図や地域資料を読み、過去の掲示板投稿を年代順に並べ、同じ怪談の細部がいつ変化したのかを追う。
その作業の先に、夜の廃墟へ入るだけでは見つからない「もうひとつの怪異」が現れることがあります。
それは幽霊ではなく、人間の記憶そのものが時間とともに姿を変えていく現象です。
まとめ|小樽・千歳・苫小牧の心霊スポットは土地の記憶から生まれる
小樽・千歳・苫小牧には、それぞれ異なる性質を持った心霊スポットの噂があります。
小樽ではオタモイ海岸や旧・朝里病院、朝里峠。千歳では支笏湖や水明郷共同墓地。苫小牧では樽前ガロー、樽前地区の廃ホテル、ジョイランド樽前、高岡霊園、勇払の慰霊碑などが心霊情報の中で語られてきました。
なかでも苫小牧の樽前ガローは興味深い例です。
市が自然景勝地として紹介する実在の場所に、女性の霊という別の物語が重なっています。一つの場所が「観光地」と「心霊スポット」という二つの顔を持つ典型例でしょう。
一方、旧・朝里病院の「メス/カルテ」の違いや、支笏湖の「死骨湖」説を見ると、怪談が語り継がれる過程で内容が変化することも分かります。
北海道の心霊スポットとは、土地そのものだけではなく、地形、歴史、人間の記憶、インターネット上の伝承が何年もかけて重なって生まれた物語なのかもしれません。
本当に何かがいたのか。
暗闇がそう見せたのか。
それとも、先に知っていた物語が風景の見え方を変えたのか。
答えを急いで一つに決めず、確認できる事実と語り継がれた怪談の境界を眺めること。それこそが、こうした土地の奇譚を味わう最も静かで安全な方法だと私は考えています。
よくある質問
小樽で有名な心霊スポットはどこですか?
投稿型の心霊情報では、オタモイ海岸、旧・朝里病院、赤岩の御神木などが挙げられています。旧・朝里病院については2004年6月に取り壊されたとの情報があり、現在の土地と過去の建物をめぐる怪談は分けて考える必要があります。
千歳の支笏湖は昔「死骨湖」と呼ばれていたのですか?
「水死体が浮かばないため死骨湖と呼ばれていた」という有名な都市伝説がありますが、歴史的事実として確認された名称とはいえません。支笏湖そのものの歴史と、後世に広まった「死骨湖」説は区別して扱うのが適切です。
苫小牧で有名な心霊スポットはどこですか?
投稿型サイトでは、樽前ガロー、樽前地区の廃ラブホテル、ジョイランド樽前、高岡霊園、北海道勇払戦没者の墓などが挙げられています。なかでも樽前ガローは実在する自然景勝地で、苫小牧市によると1979年に自然環境保全地区へ指定されています。女性の霊などの話は公的に確認された事実ではなく、心霊情報サイト上で語られる怪談として区別する必要があります。



